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可成寺@可児

  • 元亀元年(1570年)、初代金山(=兼山)城主森可成の菩提を弔うために創建。
  • 慶長5年(1600年)、森忠政(可成の子)が信州海津城に転封後、現在地に移転。
  • 本堂、庫裏、山門等は、森家の分家の赤穂森氏、三日月森氏によって寄進。

戦国時代の城下町兼山は、小さい町ながら寺が多く現在8ヶ寺を数えます。 その中でも森家ゆかりの可成寺は有名で、多くの人が訪れるそうです。

朝から小雨が降っていたこの日、駐車場に到着した途端雨脚が強まってきて意気消沈。 運試しと思って車内で待つこと15分、なんとか晴れて来たのでカメラを持って参拝してきました。

お寺は石垣の上にあり、周囲の民家より一段高くなっています。 階段をあがったところに、じっと車の往来を見守るお地蔵さまが、山門前には塀に沿って三十三観音の石仏が安置されています。

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禅寺にしては簡素な造りの本堂。背後の山の緑の効果で全く地味さは感じません。 そういえば、最近訪れるお寺は偶然にも臨済宗妙心寺派ばかり。

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本堂の裏、2001年まで走っていた名鉄八百津線を超えた山に墓地があり、その奥に森家の墓があります。 なかなか道が悪いので足元に注意して進みましょう。
かなり古いお墓のようで、「文政」の文字が刻まれている、すっかり苔に生された墓石もありました。

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戦国の世の渦に飲まれ、10代でこの世を去ることになってしまった森家の男子たち。 静かな兼山の街で安らかに眠ってほしいものです。

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境内には「戦国の勇森一族物語 自動案内機」があり、一回100円で聴けます。
大龍山 可成寺(臨済宗)
可児市兼山596
0574-59-2527
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